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日立電鉄 日立電鉄線
Hitachi Dentetsu Co., Ltd. / Hitachi Dentetsu Line

   駅リンク先  
常北太田 大橋 久慈浜 大甕

 
【購入日:2004.10.10./掲載日:19.11.17.】
 日立電鉄の1日乗車券。土・休・祭日のみ販売されていた。サイズは縦:122mm、横:75mm。価格は900円。
 乗車券には3000形と旧型車の10形が写っている。ただ訪問した当時は旧型車は一掃されて存在していない上、3000形も10形と同じ塗色とした復刻塗装の2輛意外は運用休止状態、ということで、訪問時では見られなかった組み合わせということになる。裏面は白紙となっている。
 
(1)見出・5~11時 (2)9~19時 (3)17~24時・記事
【購入日:2004.10.10./掲載日:19.11.17.】
 当時大甕駅で売られていた、青焼きの日立電鉄のダイヤグラム。縦:約150mm、横:約2,000mmと、とても横長のものである。ダイヤ自体は2004(平16).03.13.の改正で、日立電鉄最後のダイヤグラムということになる。しかしこれを商品にしてしまうところは商魂逞しい(笑)。ただ販売価格はいくらだったかは忘れてしまった(笑)。
 タイトルの次にはキロ程と運転速度・時間の表があるが、おそらく長いこと運転されてないであろう[快速]の時間設定が掲載されている。メインとなるダイヤグラム部分は、日立電鉄線のダイヤの上には大甕接続となる常磐線の、下には常北太田:常陸太田接続となる水郡線のダイヤが掲載されている。ただ大甕通過の[特急]のスジは省略されている。日立電鉄線の大甕駅のところに、全時間に渡ってなにやら黒い四角のマークが入っているが、これはJR常磐線の列車発車時刻を表しており、太く短いのは[普通]、細く長いのは[特急]、下向きが下り列車で、上向きが上り列車ということになっている。これは意外であったが、運転時間の表と最後の記事のところでも判るが、日立電鉄では10秒刻みのダイヤが採用されていた。
 ダイヤについて特徴的だったり面白いところもいくつか見られる。18時から20時にかけて大甕→鮎川→常北太田→大甕と運転されている列車番号300番台の不定期列車のスジが見られるが、おそらくこれは名物であった「ビア電・呑電(どんでん)」の設定と思われる。「ビア電・呑電」はダイヤ的に普通列車と同じ運転時間だったようだ。別の列車番号200番台の列車についてだが、ダイヤ上には記事の列車種類には記載が無い(不定期列車よりも)細い破線で書かれている。減便にならなければ定期運転されるはずだった列車ということも考えられるが、一部に常北太田-久慈浜 間運転の列車があるのは不自然で(利便を考えるなら大甕発着にすべき)、減便ダイヤ前に存在した大沼発着の列車も無いことから、これらの列車は臨時増発列車という可能性も薄いと考える。200台のダイヤは久慈浜が運用の開始、終了となっているスジも多いことから、試運転か久慈浜工場への入出場のための回送のスジなのかもしれなが、そうと考えてもちょっとスジの本数が多いような気がする。これとは別に、日立電鉄線ではないが、常磐線の6時台に"仙"の文字(=[普通]仙台ゆき)があることから、この当時はまだ水戸以北に近郊型改造の東北地域色の455系が走っていたことが判る。
 
左画像上に、3分割にしたダイヤグラムの画像のリンクがあります。
 
【撮影日:2004.10.10./掲載日:19.11.17.】
 訪問当時は日立電鉄の営業廃止の半年前という時期であった。
 写真の電車は鮎川駅に停車中の2000形。当時の日立電鉄の電車は旧型車は一掃され、元営団銀座線の電車をベースに改造された2000形と3000形に統一されていた。両形式の違いは、細かい仕様の違いを持つ車輛もあったものの、ざっくりと説明すれば前者が片運転台車、後者が両運転台車ということになる。ただ在籍する2000形・3000形の全24輛のうち、10輛が休車しており、定期運用を持たない「ビア電・呑電」編成と予備編成を除くと、通常運用に用いられていたのはたった10輛(5編成)であった。
 日立電鉄は、1927(昭2)年の常北電気鉄道の設立から歴史が始まった。日立電鉄が発足するのは、戦時下の統制で日立製作所が持つバス会社を統合してからになる。1971(昭46)年に当時では珍しかった電車のワンマン運転に踏み切った後、1980年前後に輸送実績のピークを迎えるが、以降減少に転じる。その後、沿線企業である日立製作所やその関係会社の合理化、道路事情の改善などで旅客が減り、路線設備の維持が難しくなってきたこともあり、2005(平17)年春に鉄道事業を廃止した。その後、日立電鉄自体は2012(平24)年に解散して3年後に精算を終了して消滅してしまうが、鉄道廃止以前に分社化していた「日立電鉄交通サービス」という会社が、バス、観光などの事業を行い、日立電鉄タクシーという会社を傘下に収めて経営を続けいた。しかしこの会社も令和となると同時(2019(令1)年5月)に、(鉄道事業を手放した後に2009(平21)年民事再生法の適用を受けた)新生「茨城交通」に統合して、日立電鉄の名前が消えてしまった。傘下のタクシー会社も茨城交通の子会社となったが、会社名は'日立'の文字を消した名前で「電鉄タクシー」となり、日立電鉄の名をかろうじて繋いでいる。
 掲載日現在、廃線なった区間のうち久慈浜-大甕-大沼 間はBRT専用道となっており、日立電鉄交通サービスを継いだ茨城交通の路線バスが運転されている。
 
 
 

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