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日立電鉄 日立電鉄線
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久慈浜 Kujihama
 ◆2004年10月 訪問時
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 当駅のきっぷも「入鋏省略」の文字が印刷されている。
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 当駅の駅名標のイラストは日立港。当時、日立港は港則法による特定港と茨城県の重要港湾の指定を受けている。2008(平20)年に常陸那珂港と大洗港と統合して茨城港日立港区となった。
 個人的に日立港というと思い出すのは2002(平14)年に港内で北朝鮮籍の貨物船が座礁したこと。その姿は常磐線の列車内からも見ることができた。
 
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 駅舎は平屋の造りで質素である。駅員の配置は平日の差左右の時間帯のみとなっており、訪問日は休日だったので当然駅員不在であった。
 駅名現在は駅跡地に日立市の南部図書館が建てられており、駐輪場の壁はクリームにオレンジ色という日立電鉄の電車を彷彿させる塗色になっている。
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 駅舎とホームは下り線を渡る構内踏切で結ばれている。構内は1面2線のホームと海側(写真右)に2本の側線と貨物ホーム跡が残り、山側(写真左)に久慈浜工場の電車庫建屋が建つ。
 ホームは左側通行で上下の列車が使い分けているが、工場側の上り線が1番線、その反対の駅舎側の下り線が2番線と、通常とは逆になっていた。構内踏切を渡りホームに上がったところには、「上り 大甕方面」「下り 太田方面」と掲示されていた。また例外となる折り返して当駅始発となる列車については、『発車番線のご案内 6時59分 《土休祝日運休》 鮎川行きは 2番線発車となります 日立電鉄』と掲示されており、注意が促されていた。このことから当駅の列車の上下ホームに入線を振り分けているポイントは発条(バネ)式で開通方向が固定されたままになっていることが解る。
 かつて見た写真では、2000/3000形には「久慈浜」の方向幕が用意されておらず、当該運用に入るときは貫通扉の窓の上部に「久慈浜行」という掲示を貼り出していたようだ。見た写真がいつ撮影されたものかは判らないが、おそらく鉄道廃止まで方向幕には追加はされず、ずっと窓に掲示する形で運転されていたのではないかと想像する。
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 工場建屋から出たところに、車輛検査時に使用されると思われるひと組の仮台車と車体を持ち上げる2機のリフター?らしきものがあった。この仮台車はかつて日立電鉄に在籍していた電車のものを使用しているという話を聞いたことがあるが、その電車の形式までは判らなかった。
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 側線の貨物ホーム側、鮎川側に、謎の貨車が留置されていた。貨車はフラットになっていて(国鉄で使用された貨車でいうところの)「チ」形式のように見えるが、台枠の所にヒンジが残されているように見えるので無蓋車の側壁面を撤去したもののようだ。それにしても載っている3個のキューブは一体なんなのであろう…。
 
【撮影日:04.10.10./掲載日:19.12.01.】
 側線の貨物ホーム側には側壁面が木製の無蓋車が置かれていた。これはトム1000形で、1937(昭12)年に製造された西武鉄道の車輛で、1970(昭45)年に日立電鉄入りした。1997(平9)年に車籍が除籍されが廃車にはされず、機械扱いとして残っていた。その他貨物ホーム側の側線には架線作業をするためと思われる機械扱いの車輛が残されていた。

 ◆写真の列車情報◆ [左]3000形3027(休車中)
 [右]トム1000形1001 〈1997年(平9)除籍→以降機械扱い〉
 
 

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