HOME西中部富山地方鉄道本線(鉄道線)

富山地方鉄道 本線(鉄道線)
西滑川 【次の掲載駅】 浜加積 【ページ乗換】あいの風とやま鉄道 あいの風とやま鉄道線
滑 川 Namerikawa
 ●2018年10月 訪問時
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 富山地鉄に乗っていると、"滑川"がつく前後の駅は"加積"がつく駅が続いている。これは滑川市の成り立ちともかかわっている。現在の滑川市は1953(昭28)年に滑川町と他6村が合併して成立したのだが、その他6村が中加積村、東加積村、西加積村、北加積村、浜加積村、早月加積村と、全て"加積"の名前がついていた。合併前の滑川町は海岸線以外はどこかしかの加積を名乗る村に隣接していたため、結果的に富山地鉄本線の駅もそれに倣うことになった。実はこの他にも上市町に合併した南加積村、山加積村というのがあり、少し離れた場所に魚津市に合併した、何も文字がつかない加積村があった。都合、加積がつく村が都合9村あったわけだが、その理由は、もともと現在の滑川や魚津の一帯は「加積郷」と呼ばれていたことに因る。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 一応これが駅名標になるわけだが、今まで見た駅名標の中でもサイズは最大級である。キャラクターデザインが入った駅名標も過去に無かったわけではないが、ここまで主張してくる駅名標というのもかなり珍しい。
 ちなみにこのゆるキャラは、滑川市のイメージアップキャラクターで、当地の名物ホタルイカをモチーフとした、名前は「キラリン」というそうだ。着ている浴衣は、滑川の伝統的芸能・新川古代神(にいかわこだいじん)をイメージしたもののだそうだ。ただこのキャラの注意すべき意外な点はこの子は女の子設定ということ。こういうのは男女設定していない場合も多いので、ちょっとびっくり。ちなみにこの子とは別に漁師見習いの「ピッカ」という子もいるのだが、太い眉毛があることから男の子というのが何とか判るのだが、エンペラ部分の色がピンク色となっている。色で性差別しているわけではないが、ともすれば男女を逆に勘違されそうではある。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 「キラリン」の駅名標の後ろ側を見ると、オリジナルのものとみられる元の駅名表が支柱として使われているのが判る。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 駅舎というか待合室を撮る。建屋の窓の上に駅名が入り、その左右にキラリンとピッカのイラストが入る。
 本当は建屋の中の写真も撮りたかったのだが、二人の女子高生が上りの電車にも下りの電車にも乗車せず、ずーっと喋りこんでいて、結局写真を撮ることができなかった。「どいてください」などと"鉄"として間違っても言ってはいけないし、かといって高校生を無視して狭めの建屋内部の写真を撮るのもなんだか気が引けるし…で、ちょっと困ってしまった。でも写真を撮りたいという欲求は、言ってしまえば自分の勝手な考えなので、こういうときは自分が退くしかないと諦めるほかない。
 話は戻って。写真の左側に見えるのは線路をくぐるための地下道で、富山地鉄とあい鉄の乗り換えの時はここを通る必要がある。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 ホームから宇奈月温泉方向を見たところ。
 当駅は立山〈たちやま〉軽便鉄道が起点とした駅で、富山地鉄の歴史の起点となった駅でもある。しかしながら見て判るように、今では棒線配置の駅となっており、起点駅だったというような雰囲気は感じられない。ではかつてはどうだったのだろうと思って、例のごとく国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで、当地区の一番古い1946(昭21)年写真を見てみた。すると現在線の左側に側線がある様子が見受けられたが、この線路が地鉄のものか、国鉄のものなのかはよく判らない。そしてどうしても判断できないのが、このホームの右側に線路があったかどうかというところ。この古い写真ではあったようにも見えるし、無かったようにも見えてしまうのだ。同時期の他の駅を見てみると、下り側については現在と同じように次の交換駅は早月加積となっているように見える。一方上り側は街の中心にある移設後の中滑川にはまだ列車の交換設備が無いように見え、西滑川には交換設備があったように見える。それがその後に中滑川に交換設備ができるのと引き換えに西滑川は棒線化されているような雰囲気だ。ということを勘案すると、中滑川の交換設備ができる以前なら、当駅に交換設備があってもおかしくはなさそうな雰囲気ではある。ここのところ、どうなんでしょうねぇ…。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 写真右にあい鉄のホーム跨線橋が見えるが、かつてはこの跨線橋が延長されて富山地鉄のホームにも繋がっていた。昔は駅の山側にはほとんど家は建っておらず南口も無かったようだ。しかし山側にも街ができ、2001(平13)年に線路をくぐる地下道が完成すると、富山地鉄の駅は分離されてホームと直結する出入口が設けられたが、跨線橋は撤去された。かつては4番線を名乗っていた地鉄のホームも、分離後は特に何番線とは名乗っていないようだ。

 ◆写真の列車情報◆ 10030形 #1 モハ10031(+モハ10032) 1051発 130[普通]宇奈月温泉→電鉄富山
 
 

▲このページのTOPへ戻る