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あいの風とやま鉄道 あいの風とやま鉄道線
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滑 川 Namerikawa
 ●2018年10月 訪問時
【購入日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 1番線の屋根から下がる駅名標。海方向を見る側なので青色の標示となっている。駅名標は余白の見せ方もデザインの大切な部分ではあるが、あい鉄の場合はもうちょっとフォントを大きくして見易さを図った方がいいかも。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 2・3番線のホームに立つ駅名標。山方向を見る側なので緑色の標示となっている。当然、その裏側は青色の標示。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 滑川駅は1908(明41)年11月の北陸線の魚津延伸と同時に開業した駅である。1889(明22)年の町村制施行時に既に"町"であった滑川ではあるが、当駅が開設された場所は町境を越えたすぐそばにある浜加積村内であった。当駅は町の請願もあって開設はされているが、町の中心地である現在の地鉄の中滑川駅から海に近い北西部からは離れており、路線の線形は直線的に敷設されてはいるものの、場所から見ると街を避けて町内を通されているように見える。このことから当時の滑川町は、鉄道の建設に当たっては優位性は理解しつつも、多少なりとも忌避説が残っていたのかもしれないと疑ってしまう。
 現在は写真の駅前に繋がる通りは海岸線に向けて「ほたるいか通り」という一直線の道路ができているが、以前は滑川駅前交差点で南西の街の中心街へ向かって曲がっていく方向がメインの一本道であった。
 駅舎は1967(昭42)年7月に供用を開始した駅舎で、その当時の市代表駅名などに設置された、壁面にガラス窓を多用した平屋鉄筋造りの国鉄駅の典型の形をしている。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 かつて北陸本線に長距離の優等列車が行き交っていた頃は、大方の[急行]列車は停車していた。一方[特急]列車については一部の停車に限られていたようで、[急行]列車の削減が進んでいた後でも[特急]列車の停車はあまり増加しなかったようだ。それでも大阪、新潟、上野、越後湯沢を起終点にするの一部の[特急]が停車していた。
 現在ではJRから切り離され、ローカル輸送に徹する駅のひとつとなった当駅。複数のラッチがあったと思われる改札口は、ICカードの利用ができようになったものの、1通路で用が足せてしまっているようだ。ただ当駅の窓口に人員が配され、JRのきっぷも特急指定席や一部の企画乗車県の購入も可能となっているところは嬉しいところ。しかし駅員配置および窓口営業時間が7:00-19:30となっており、もうちょっと前後の営業時間を延ばして長距離利用者の利便を図りたいところではある…が、これも利用実態を反映した営業時間ということなのだろうか。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 当駅は2面3線。訪問時現在では、下り列車が1番線、上り列車は3番線を使用している。2番線は日に上り列車が1本だけ線路の錆取りのために通っているらしい。貨物列車の待避の設定でもあれば2番線も活躍の場ができるかもしれないとは思うが、長距離優等列車がいなくなってしまった今では冗長的な役目しかなさそうだ。
 米原寄りには跨線橋が設置されている。かつては富山地鉄のホームにも渡れ、地鉄のホームも続番で4番線を名乗っていたが、駅の南北を通る地下自由通路ができてから地鉄側だけ跨線橋が撤去されて、分離されてしまった。
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 地鉄駅のホームからあい鉄の上り電車を撮る。電車の側面の帯の形も、駅名標と同じで社章に倣った形である。

 ◆写真の列車情報◆ あい鉄521系 AK11 クモハ520-18(+クモハ521-18) 1109発 546M[普通]泊→高岡
 
【撮影日:18.10.08./掲載日:20.02.08.】
 現在の滑川駅は、あい鉄と富山地鉄で直接繋がっていない。乗り換えには線路の地下を南北(実際には南東と北西)に貫く地下道を通って行き来しなければならない。
 写真はその通路の床にあるタイルである。ここは滑川市公式キャラの「キラリン」ではなく、実態に近い形にデザインされたホタルイカが描かれていた。
 
 

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