| 近江鉄道 本線・八日市線 | |
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| 八日市 | Yōkaichi |
| ●2016年10月訪問 | |
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【購入日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 番号:2121、裏に線引きあり。 |
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【購入日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 駅の自動券売機には地模様に社章が入れられたものが使用されている。こういう会社は本当に少なくなりました。 |
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【入手日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 スタンプの「万葉あかね線・多賀線開業100周年記念」という言葉から、2013(平25)年か2014(平26)年に作られたモノのようだ。だが、2つの路線をまとめて周年記念としているのは間違えではないのだが、ちょっと微妙なところがある。万葉あかね線=八日市線については、1913(大2)年12月末という年末ぎりぎりに湖南鉄道が新八幡(現・近江八幡)-八日市口(現・新八日市)を開業させており、多賀線は翌1914(大3)年3月に全通しているので、年が違えど年齢的にはほぼ変わらないし、後年開業駅を除いた駅ベースで考えれば駅の数的にはそろっていることになる。ただ現在の八日市線の全通でいうと、近江鉄道が八日市鉄道を買収した後の1946(昭21)年元日の新八日市-八日市を開業まで待たなければならず、厳密には33年のズレがあることになる。 これとは別に八日市線には面白い歴史があり、1946(昭21)年元日の新八日市-八日市の開業時はこの区間は非電化で、同日に一方で近江八幡-新八日市は電化している。新八日市-八日市の電化は同年の8月で、たった数百メートルの駅間だけ開業時に電化しなかったのは謎である。ちなみに当時存在していた新八日市-御園の八日市線の延伸区間は非電化のまま1948(昭23)年8月まで営業していた。 |
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【入手日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 こちらは単純な駅名入りスタンプ。図柄は近江鉄道のフラグシップ的存在の700系。 |
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【入手日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 スタンプの図案は、ニュースなどでも見ることがある八日市の大凧。これは「近江八日市の大凧揚げ習俗」として国の無形民俗文化財にも登録されている、江戸中期から続く、旧暦の端午の節句に行われる行事である。行事が始まった頃は普通サイズの凧を揚げていたそうだが、徐々に大きくなって、江戸後期の天保年間には縦横が約7間余り=約13m四方にまでに大型化したそうだ。 このスタンプだが、凧の「旅」の文字と、この凧のテーマである(旅の応援)という文字が気になるが、よく見る凧の図柄の中央に見える円いマークのようなものは近江鉄道の社章で、その左右に「OHMI」のシャツを着たなにがしかのキャラクターが何かを振って応援しているように見える。ということは、近江鉄道がこの行事に何かの形で関わっているようだ。 |
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【入手日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 訪問時、駅には様々なスタンプが置かれていたが、その中で一番変わっていたのこがコレだと思う。信楽高原鉄道が2013(平25)年9月の台風水害(あの脱線事故ではない)による長期運休から復帰する際に作成されたものであろうが、こういうものを他社が作っていたというのは非常に珍しいように思う。それだけ地域にとって、まだ近隣の鉄道会社として大きな出来事だったんだろうなと想像する。でも同じ作るのであったら、デザイン的にもうちょっとならなかったのかなとも思うし、せめて運転再開の日付(2014(平26)年11月29日)くらいあっても良さそうなものである。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 駅に置かれていた近江鉄道の駅時刻表。大きさはA3用紙を2面折りにした状態で、1ページ目には近江鉄道の地図、内側となる2・3ページ目には本線の、4ページ目には八日市線の駅時刻表が印刷されている。表紙には「東近江市 近江鉄道時刻表」とあるので、もしかしたらこれは近江鉄道ではなく、東近江市が用意したものかもしれない。画像は1ページ目と4ページ目となる。 現在の東近江市は2005(平17)年2月に1市4町、翌年1月に2町を編入して成立している。東近江市にある駅を旧市町ごとに分けると、旧・八日市市域には河辺の森・八日市市・長谷野・大学前・新八日市・太郎坊宮前・市辺・平田、旧・五個荘町域には五箇荘(自治体と駅名で漢字が異なる)、旧・蒲生町域には京セラ前・桜川・朝日大塚・朝日野の近江鉄道の各駅、旧・能登川町域には能登川のJR駅がある。旧・永源寺町・愛東町・湖東町は駅ナシだが、かつて八日市鉄道(現・近江鉄道八日市線)は旧・山上村(旧・永源寺町域の一部)方面に路線延長する計画を持っていた。 左の画像はクリックすると拡大表示します(左右のページは別々のリンクになっています)。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 画像は2ページ目と3ページ目となる。 近江鉄道のダイヤを見ていて特徴的なのは、3方向に線路が延びている八日市駅に対して、米原・彦根・高宮-貴生川間列車と米原・彦根・高宮-近江八幡間列車が設定されている他に、近江八幡-貴生川間という八日市駅で進行方向を変える列車それなりに設定されているというところだ。そこに八日市駅始発・終着駅の列車も当然混ざるので、ダイヤを追っかけて見るには楽しいダイヤである。そうする理由としては、効率よく彦根駅にある車庫との編成の入れ替えを効率的に行うという意味が大きいのだろう。 ちなみに東近江市の最南端となる駅である朝日野駅は、駅の所属は東近江市となっているが、敷地の南側は日野町に跨がっている。 左の画像はクリックすると拡大表示します(左右のページは別々のリンクになっています)。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 撮影した駅名標を見ると、”O”と”K”の間が広くなっている。よくよく見るとそこには”U”を削り取った様子が見える。いわゆるワープロ打ちのローマ字だったというわけだが、鉄道会社によっては後で修正されるケースもあれば(富山地鉄など)、そのままにしているケース(三岐鉄道など)と、対応もまちまちである。 2025(令7)年7月、文化審議会国語分科会(昔の国語審議会を実質継承している組織)がローマ字のヘボン式の使用を基本とする方向性を打ち出したが、長音表記についてはマクロン(母音の上に付す横棒や山型)の使用がを基本的としているものの、マクロンが使用できないケースなどもあることから、これだ、というものはなかなかか決められないようである。ただ長音"h"の使用については否定的のようである(個人的には長音"h"の不使用に賛成)。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 1998(平10)年に完成した当駅の駅舎は非常に横長で、尖塔のような時計塔が特徴的である。建屋中央の大きな三角屋根部分が駅部分になる。写真左側の小さい三角屋根部分には公共トイレがあり、駅とトイレの間は何かは不明。その写真右の2階建て部分には、(増築されたと思われる波形の屋根部分を含む)1階には店舗が入居できるく区画があり、2階が東近江市の有料駐輪場となっている。またこの訪問当時にはなかったが、現在その2階の手前側は2019(平31)年に彦根駅から移転してきた「近江鉄道ミュ-ジアム」となっている。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 分岐駅ということもあり、改札口上部には3方面へのLED列車案内板(掲載日現在は3つともLCD表示?に更新されている)が設置されている。窓口自体も場所を大きく取られて寄り、自動改札が無いところ以外は、大都市近郊の有人駅と変わらない感じだ。東近江市の代表駅となっているだけの格はあるといったところだ。風呂桶とも称される金属製の改札口ラッチが複数あるのは、今となっては貴重な存在かもしれない。 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 駅構内は2面3線にホームのない中線を加えた構造。その中線には800系が停車している。写真は貴生川・近江八幡方向を見ている。本線と八日市線は構内を出るとまもなく分岐していくが、八日市線の新八日市駅との間は500mはどしか離れていない。 ◆写真の列車情報◆ 800系 モハ1809(+モハ809) |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 700系は近江鉄道として100年を迎えた1998(平10)年に登場した車輛だ。この訪問時で誕生から18年が経過していたことになるが、とはいっても純粋な新車ではなく、元西武の401系を大改造したモノだ。実際はというと、401系化前の西武411系時代から数えると48年と電車としてはかなりの高齢であった。 ◆写真の列車情報◆ 700系 モハ1701(+モハ701) 1102着[普通]近江八幡→八日市<折返>1115発[普通]八日市→近江八幡 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.11.】 2番線ホームの米原側に停車中の900系淡海号編成。訪問した日の午前中は八日市線で折り返しの運用に就いていたが、このときの行先表示は「回送」となっていた。2番線にいるということはこの後は米原方面の運用にでも就くのであろうか。同じく写真右奥に同じく八日市線の運用に就いていた820番台の赤電編成が留置線に送られていたが、こちらはしばらく休憩するのだろうか。よく解らないところはあるが、こうやって運用をあれやこれやと想像するのもまた楽しからずや。 ◆写真の列車情報◆ [手前]900系 モハ901(+モハ1901)/[奥]800系820番台 モハ1822(+モハ822) |