| ●2016年10月訪問時 |
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【撮影日:16.10.08./掲載日:26.01.12.】
写真は220形 モハ226。
近江鉄道では1986(昭61)年に富士重工業製の12m級のレールバス・LE10形を5輛を導入して八日市-貴生川 間で混雑時2連、閑散時単行で主に運用していた。しかしながら投入後まもなくから短い車体長ゆえに輸送力不足がちとなっていた。そこで計画されたのはこのモハ220形であった。モハ220形は純粋な新製車ではなく、1990(平2)年までに近江鉄道で廃車となったモハ200形の台枠を使い、元西武の401系(モハ226のみ701系)の車体を継ぎはぎし、近江鉄道で廃車になった500系などの機器を再整備し、オリジナルの運転台を取り付けた、コストセーブという名の魔改造が行われた。そうしてできあがった車輛は、モハ100形やモハ200形の籍を引き継いでおり、出自が非常に紛らわしくなっている。
モハ220形は1991(平3)年から1996(平8)年まで毎年1輛が増備され、計6輛が作られ、製造最終年にはLE10形の運用を終了させた。しかしながら単行運転での輸送力や、老朽化の問題と、900系や100系の導入によって運用が大幅に削減され、2015(平27)年3月に定期運用から離脱した。訪問した2016(平28)年秋時点の状況は、モハ226のみが事業用として使用されている以外は休車状態で彦根車輛区で留め置かれていた。この写真を撮影したときは、一般人を入れた乗車会が車輛区内を往復していた。
その後休車となっていたがモハ221~225は2019(平31)年1月に解体のため車輛区から搬出され、事業用に残っていたモハ226も2024(令6)年に廃車となった。
◆写真の列車情報◆ 220形 モハ226 彦根車輛区
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【撮影日:16.10.06./掲載日:26.06.28.】
近江鉄道では1991(平3)年から1997(平9)年にかけて西武鉄道の(2代目)401系2輛✕15編成を譲り受けた。そのうち800系11編成、800系820番台2編成、700系1編成の計14編成が竣工した。1編成が竣工しなかったが、当初は700系を2編成とする予定もあったり、800系の第12編成とする計画もあったりしたようだ。
写真は800系。近江鉄道初の20m級車で、当時の近江鉄道の最大派閥編成となっていた。
西武時代は平面の3枚窓であったが、近江鉄道ではオリジナルの額縁タイプの3面窓となった。同じ額縁窓の220形と比べるとややつり目の表情となっている。800系登場時は多賀線の旧曲線の緩和工事が未施工だったため、連結面の妻面下部の切り取りが行われている。第1編成は当初モハ801+クハ1801として1993(平5)年6月に竣工したものの、八日市線の20m車対応工事が終了しておらず休車状態であった。1997(平9)年にクハ1801をモハ1801に再改造。1999(平11)年に全線で20m車対応工事が終わって、晴れて本格運用を開始した。第2編成は1998(平10)年落成し、最終編成となる第11編成が落成したのは2009(平21)年。
掲載日当時は第1編成と写真の第3編成が除籍、解体されており、残り9編成が稼働を続けている。しかし今後200系(元 西武2000系)の導入が進むと、800系の淘汰が進むと思われる。
◆写真の列車情報◆ 800系 モハ1803(+モハ803) 高宮1535発[普通]貴生川→米原 |
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【撮影日:16.10.06./掲載日:26.06.28.】
こちらも形式は800系に属するが、先頭部が額縁スタイルとしなかったために820番台に区分されている。820番台の外観は、西武時代から妻面下部の切り取りと全面のステンレスの飾りが外されただけで、西武401系の面影を強く残している。820番台は2編成のみ作製された。
写真の821編成は1997(平9)年に800系としては2番目に落成した。ただ先に落成していた801台編成が、当時は妻面下部の切り取りを実施しておらず当時の八日市線の入線ができず1999(平11)年使用開始までにしばらく留置された一方で、821編成は先んじて営業運転に入っている。
822編成は2016(平28)年に、821編成は2022(令4)年に廃車となっており、番台区分消滅形式となっている。
◆写真の列車情報◆ 800系(820番台) モハ821(+モハ1821) 彦根口1703発[普通]彦根→貴生川 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.12.】
写真は700系。1形式1編成のみの在籍だった。元は西武401系のクモハ438+クモハ437。種車については上項の800系の項を参照。当初の計画では700系は2編成を作成する予定であったが、第2編成ついては結局800系の第10編成(モハ810+モハ1810)として落成している。
近江鉄道開業100周年を記念して改造が行われ、竣工は1998(平10)年5月で、翌月の八日市駅新駅舎竣工式が行われた日に営業運転を開始している。車内はイベントなどにも対応した多目的車で、座席は車端部を除いて転換クロスシートとなっている。この編成には「あかね」号の愛称を与えられているが、これは蒲生野(現在の東近江市の一帯)で詠まれた万葉集の歌に由来する。登場時は正面の窓下の表示器に行き先を表示していたが、2015(平27)年に窓上中央部にLEDの表示器を増設し、元の表示器には「あかね」の名前や、この訪問時では車内をギャラリーとして絵を展示していたこともあり、「松本忠
鉄道風景画」と表示されていた。
老朽化による廃車は2019(平31)年5月、近江での在籍は21年ちょうどであった。700系独特のクリーム色の地に赤と水色が入った塗装は、掲載日現在900系に受け継がれている。
◆写真の列車情報◆ 700系 モハ1701(+モハ701) 日野1729着/1737発[普通]貴生川→高宮 |
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【撮影日:16.10.07./掲載日:26.01.12.】
元西武新101系(元・クモハ269-クモハ270)を改造した900形は1形式1編成のみだ。西武からやってきたのは2009(平21)年だが、改造されて営業運転に就いたのはで2013(平25)年と時間がおかれている。この編成が導入される以前の元西武車は車体の下部の角を削って建築限界にかからないようしていたが、ホームを削るなど地上設備側を20m車に対応させたため、以降の元西武車の改造は角の削りがなくなった。
近江鉄道は当編成が登場するまでは黄色一色かライオンズカラーの帯を巻いていたが、当編成は登場時から写真のような塗装だった。その塗装から「淡海(おうみ)号」と称した。青は琵琶湖のイメージということになっているが、その一方で西武ライオンズのカラーも意識されている。
2019(平31)年に滋賀県観光キャンペーン「虹色の旅へ。滋賀・びわ湖」のPRするため、キャンペーンナビゲーター(虹たびナビゲーター)の滋賀ふるさと観光大使を務める西川貴教の写真がラッピングされた『虹たび号』として運行されたが、その翌年には700形「あかね号」の廃車に伴い、同形がその塗装を引き継いで2代目「あかね号」として掲載日現在も運転されている。
◆写真の列車情報◆ 900系 モハ1901(+モハ901) 平田852発[普通]高宮→近江八幡 |
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【撮影日:16.10.08./掲載日:26.06.28.】
写真は100系(2代目)。5編成が落成しており、そのうち101~103編成はもともと2輛編成の101系を種車としており、104・105編成は301系のモハの1ユニットに301系のクハの運転台を取り付けた改造が施工されている。そのため104・105編成は運転台直後の側窓が埋められた状態になっているという差異が見られる。
101編成の営業運転開始は2013(平25)年12月から。私が訪問した当時は103編成までが落成し営業運転を開始していおり、104編成が私が訪問した2週間後くらいに営業運転を開始している。
◆写真の列車情報◆ 100系 モハ1102(+モハ102) 彦根車輛区 |
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【入手日:16.10.07?./掲載日:26.06.28.】
2016.03.16.ダイヤ改正の近江鉄道の時刻表の冊子。1ページの大きさは縦128mm✕横93mm、表紙も含めると64ページあり、そのうち半分がアート紙で、残りは普通紙である。普通紙部分が時刻表になり、そのほとんどが近江鉄道の列車時刻表で、他に米原駅の新幹線時刻表、米原、彦根、近江八幡、貴生川のJR各駅の時刻表、信楽高原鉄道の貴生川駅時刻表が印刷されている。アート紙部分は近江鉄道の営業案内などがあが、多くは広告である。
時刻表ページのページ下に何か注意喚起のための標語のようなモノが書かれているのがユニークだが、他には『ホームページより各駅発車時刻表を印刷できます
(この後にURLが記載)』『「安くて便利」新幹線の乗り継ぎは近江鉄道で!!』『平日9:00~16:00、土休日は終日自転車の持ち込み可能、ただし、八日市~近江八幡間及び彦根、水口石橋の各駅を除く』を加えた5つのものが繰り返し印刷されている。
それぞれの画像はクリックすると拡大表示します。 |
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【購入日:16.10.08./掲載日:26.06.28.】
「車両シリーズきっぷ」と銘打たれた記念?乗車券。2015年に発売されたシリーズで、他には700系と900系+100系シリーズとの2タイトルがあった。シリーズで販売時期がずらされていたようで、800系の版に関しては有効期限が2015(平27)年7月29日とあることから、販売開始はその数ヶ月前と想像される。私は訪問した2017(平29)年10月に(旧)近江鉄道ミュージアムで1000円で購入。この時他のシリーズは売られていなかった。
大きさは縦183mm✕横257mmで、これが半分に折られた状態。通し番号は「No.000802」で、偶然にも800系らしい番号であった。きっぷは硬券ではなく、厚紙に直接印字されており、使用する場合ははさみなどでこれを切り離す必要があった。使用の際は裏面に日付を入れていたようだ。きっぷは250円区間のきっぷ4枚分が印刷されており、それぞれの区間は離れていた。
それぞれの画像はクリックすると拡大表示します。 |
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【購入日:16.10.08./掲載日:26.01.12.】
近江鉄道で使用されていた補充券。新設駅が増えたために対応しなくなった券が販売されていた。駅番号を見ると、昭和の時点での既存の25駅は順番に番号が振られており、平成以降の新設駅(26番の水口松尾駅
以降)は開設順に番号が付されている。画像中央の補充権は30番の河辺の森駅開設時(2002(平14)年3月)以降、画像の右の補充権は31番のフジテック前駅開設時(2006(平18)年3月)から32番となるスクリーン駅の開設前(2008(平20)年3月)まで使用されていたものであろう。
ちなみに掲載日現在は33番目のひこね芹川駅が開業しており、あとは蒲生医療センターへのアクセス向上も目的とした34番目の桜川 - 朝日大塚の蒲生新駅(仮称)が開設に向けて話が進行中である。
彦根車輛区に併設されていた(旧)近江鉄道ミュージアムで購入。販売価格は忘れてしまった。画像左は、補充権を買ったときに券を入れるのにいただいた近江鉄道の封筒である。
それぞれの画像はクリックすると拡大表示します(但し、封筒は下部の社名印時部分のみの拡大)。 |
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【入手日:16.10.08./掲載日:26.01.12.】
彦根駅の「近江鉄道ミュージアム」で買い物をしたときに、購入品を入れるのにもらった袋。近江鉄道の黄色の袋に(左から)800系、100系、700系が印刷されていた。
彦根駅の「近江鉄道ミュージアム」は2018(平30)年12月に閉鎖されたが、2019(令1)年11月に八日市駅にて再開店している。 |
 
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【入手日:16.10.08?./掲載日:26.06.28.】
「松本忠鉄道風景画ギャラリートレイン」のチラシ。A4版。チラシはデザイン違いの2種類(上段と下段)が用意されていたが、内容や裏面の紹介文章などはどちらも同じである。
これは近江鉄道の会社創立120周年を記念事業の一環で、鉄道風景画家の松本忠氏の約80もの作品を700系編成の中に掲出するというものである。掲出は2016(平28)年5月からその年の大晦日まで実施された。その際、700系の正面の中央下部の方向幕(当時は方向幕は別にLED表示器が運転台窓上部に設置され、この方向幕には列車愛称の「あかね」を表示していた)には「松本忠鉄道風景画ギャラリートレイン」と表示されていた。
評判が良かったためだだろうか、その後(7月以降??)100系の103編成にも「松本忠鉄道風景画ギャラリートレイン」が展開された。
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【入手日:16.10.07?./掲載日:26.06.28.】
「近江鉄道ワイン電車2016」のチラシ。A3版を半折りにしてある。チラシは2種類が用意され(上段右および上段右)、その裏面はどちらも同じ印刷よなっている(下段)。
ワイン電車はボジョレーヌーボーの解禁日に合わせて、解禁日から約1ヶ月の間の週末に運転されていた。運行開始は2015(平27)年からで、その後毎年続いて開催されていくモノと思われたが、2020(令2)年にコロナウイルス感染症拡大防止で中止とされ、以降復活が叶っていない。
ビア電や地酒電車の方は、コロナウイルス感染症拡大防止の中止期間を経ても運転が現在も行われている一方で、ワイン電車が復活しなかったこの差は何なのかはよく判らない。
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