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阪神電気鉄道
Hanshin Electric Railway Co., Ltd.

路線リンク先
本線 神戸高速線 阪神なんば線 武庫川線

 ●2017年10月 訪問時

【購入日:17.10.12~14./掲載日:18.01.11.】
 阪神電鉄と阪急電鉄の全路線で乗車可能な1日乗車券。乗車券といってもSFカードのような使い方で駅の入出場を行う。今回の全駅訪問は3日かけて行ったので、都合3枚購入した。
 カード自体は阪急側が作成しているようだ。現在は阪急阪神阪ホールディングスというひとつのグループ企業になっているので、なせる技である。裏面を見ると、訪問時現在の神戸高速鉄道は第3種鉄道事業者になっているので本来は表示不要でもよいはずだが、神戸高速線全線も乗車できる旨が表記されている。でもそうすると湊川駅だけは神戸電鉄神戸高速線となっているので、神戸高速線の全区間が利用できることを明示するためにあえて印刷されているとも考えられる。
 以下に3日間の訪問行程を記す。予定を立てず、結果としてこの行程をこなしたことは、正直疲れた~(苦笑)。ちなみにその間、投宿したのは出屋敷駅近くだった。
【10/12木】梅田1351[1371]1353福島1403[1461]1405野田1417[1463]1419淀川1429[1467]1431姫島1441[1469]1443千船1505[1473]1506杭瀬1517[1561]1528尼崎センタープール前1540[1563]1543鳴尾1554[1565]1557久寿川1607[1567]1608今津1632[1568]1634甲子園1639[1600特急]1652梅田1700[1701直特]1708尼崎1715[1671]1717出屋敷

【10/13金】出屋敷751[765]758甲子園835[861]839西宮842[821快急]845芦屋900[864]901打出913[868]914香櫨園927[870]928西宮950[948急行]956武庫川1021[101]1024洲先1031[102]1032東鳴尾1039[103]1042武庫川団地前1045[104]1050武庫川1107[1025快急]1128神戸三宮1148[1065]1153高速神戸1154[1105特急]1156新開地1209[9115直特]1212高速長田1225[9417直特]1227西代1241[1120]1244大開1300[1210特急]1303高速神戸1342[9424直特]1343西元町1359[1370]1401元町1411[1460]1415春日野道1425[1462]1427岩屋1437[1464]1438西灘1448[1466]1449大石1500[1468]1501新在家1511[1470]1513石屋川1523[1560]1524御影1549[1564]1551住吉1601[1566]1602魚崎1618[1510特急]1633尼崎?[?]?出屋敷
【10/14土】出屋敷804[760]806尼崎837[886]847西九条908[890]909九条920[980]921ドーム前935[822快急]937桜川1012[990区準]1014大阪難波1028[1085]1039千鳥橋1048[1087区準]1049伝法1059[1089]1101福1110[1091区準]1111出来島1132[1183区準]1133大物1149[1167]1150尼崎1152[1123快急]1203西宮1222[1167]1229深江1239[1169]1241青木1300[1366]1308西宮1313[1224快急]1323尼崎1355[1270]1400千船1412[1360]1416淀川1426[1362]1427野田1438[1364]1439福島1449[1366]1451梅田1455[9147直特]1507尼崎1518[1425快急]1518今津1520[1466]1524鳴尾1535[1468]1539尼崎センタープール前1553[1470]1556尼崎1603[1552快急]1609西九条1617[1680]1626大阪難波
 ※駅の前後の数字が私の旅程での時刻表上の発着時刻。括弧内の数字は列車番号。種別表示が無い場合は[普通]。赤の[直特]は神戸高速線内に通過駅あり、黄の[直特]は神戸高速線内各駅停車。
 
【入手日:17.10.12./掲載日:18.01.11.】
 "2017年度秋・冬版"の阪神電鉄で販売しているお得なきっぷのチラシ。チラシの顔は、ブルーリボン賞も受賞した阪神の最新車形の5700系だ。
 お得なきっぷの種類はは阪神間や阪神が乗り入れている姫路、奈良方面だけでなく、飛鳥や高野山方面の切符も販売されているのが判る。最近では近隣の鉄道会社どうしがコラボレーションして販売される企画切符も珍しくなくなった。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:17.12.13.】
 尼崎駅で撮影。写真は5000形の車体側面に金属板を切り抜いた社章。社章はどの"車形"(しゃがた/阪神独特の言い方で、一般の「形式」「系式」と同義語)にも左右それぞれの側面の1カ所に貼られている。
 社章というと会社の名前の一部がデザインされていることが多いが、阪神電鉄についてはそのようなものは無く、レールの断面図の周りを電気を表す稲妻が4つで囲んでいるのみである。「稲妻マーク」ともいわれるこのシンプルなマークは、阪神電鉄が設立された頃(発足した1898(明31)年当時は摂津電気鉄道、翌年の会社設立免許交付時に阪神電気鉄道に改称)は、他に都市間電気鉄道会社があまりなかったということも影響しているという。ちなみに創業当時は地域開発などを含む鉄道関連事業だけでなく発電事業も行っていた。戦時中は鉄道会社間の統合を免れた阪神電鉄ではあったが、電力事業は国家管理政策で召し上げられてしまった。
 
【撮影日:17.10.12./掲載日:17.12.13.】
 今津駅で撮影。
 この「沿線マップ」なるものには、阪神の駅と周辺の名所・観光地などのイラストが描かれている。名所・観光地のイラストは、見てそこがどこなのか判るものと判らないものがある。やはりこういうものには判らないことを前提に、多少地図がごちゃついてもその場所の名前くらいは入れておいて欲しいものだ。
 あとこれは阪神電鉄の路線図に全て共通しているのだが(ポケット駅時刻表でも同様)、本線と阪神なんば線の分岐駅が尼崎となっており、その結果この地図では東隣駅の大物が分岐した先のそれぞれに別の駅のようにして表示されているのである。これは阪神なんば線の前身である伝法線の時代から起点が尼崎と定められており、尼崎-大物 間が二重戸籍路線となっていることに起因していると考えられる。でも地理的には大物で分岐しているのだから、路線図も大物から分岐させるべきだと思うのである。尼崎駅は主要駅として他の駅より大きな"●"で表示されているので、大物分岐の路線図でも差し支えないはずである。路線の戸籍や実際の運転系統にこだわるのであれば、路線図の尼崎-大物 間も線を2本引けばいいだけのように思う。地元の方々には2つの大物駅が表示されていても不都合はないのだろうが、私にはなんとも不思議な地図に見えてならない。
 それ以上に不思議だったのは、この写真の「沿線マップ」は今津駅上りホームの元町側に掲示されていたものだが、全く同じ「沿線マップ」が2枚隣り合って掲示されていたのである。…2枚並べる必然性は一体どこにある!? 1枚にして情報書きこめばいいじゃん、と思う次第である(笑)。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:17.12.13.】
 出来島駅で撮影。
 このデザインは2013(平25)年7月に発表された「阪神電車 沿線活性化プロモーション」のシンボルマーク。丸っこいハート型は、少しもこもことした白い線で縁取られ、中に8色の透明性が高い、もこもこの楕円が重なるように埋められている。よく見ると、8色の単色の楕円は、紫・桃・赤・橙・黄と青系の3色で、意外なことに緑の単色は含まれていない(ただ2つの楕円を重ねたハート型には緑の楕円がある)。その下に「“たいせつ”がギュッと」の言葉が入れられている。
 このデザインになったのにはそれぞれがコンセプトがあり、『ことば』には人が生きていく上でなくてはならない「しあわせ」「ふつう」「心地よさ」といった"たいせつ"なものを凝縮していることを表しており、『ことば』のイメージをハートをモチーフにした『かたち』に表し、阪神沿線の人や街の多様性を『いろ』で表しているということだそうだ。
 以上、阪神電鉄のHPややネットに落ちている情報を拾い集めてると、そういうことになるらしい。でも見ていると可愛らしくて安心感のあるデザインだと思える。
 このシンボールマークは、阪神の駅施設や、電車の先頭部など、至る所に使用されている。
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:17.12.13.】
 車内の扉上部のLED表示は、普通は停車駅の案内、停車駅で開く扉の案内、広告、マナー啓蒙といったものが多い。これも広告の一種と言えなくもないのだが、写真のようにキャッチフレーズのようなものを表示しているのはあまり見ない気がする。これも沿線活性化プロジェクトの一環なのだろうか、ユニークである。
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 西灘にて撮影した1000系(1205F)。
 1000系は、2009(平21)年3月の阪神なんば線の延伸開業と近鉄線への直通運転を開始するのに際し、2006年から製造された車形。数字には2005(平17)年に阪神電鉄の開業から100年を迎えた記念という意味付けもあるようだ。近鉄直通という主要命題はあるものの、一方で山陽電鉄への直通にも対応している。
 車体色は9300系よりも淡いオレンジ色(阪神社内では「ヴィヴァーチェオレンジ」という名称)をメインカラーとし、側面ではホームドア設置した路線で走行する編成に採用されているような扉部に縦に色が入れられている。また側面には窓幅と同じ高さに白い縞が入れられている。正面は全体的にブラックフェイスとなっているが、この色は阪神社内的には濃い"シルバー"だそうだが…黒でいいじゃん(笑)。でなきゃメタリックブラックとかでもいいような気がする。
 訪問時現在で基本となる6輛編成が13本、増結用に用いられる2輛編成が9本在籍する。編成番号については、6輛の基本編成は他の車形と同様に梅田・大阪難波側の車輛番号を用いて示されるが(1201F~1213F)、2輛の増結編成は逆に元町・西代側の制御電動車の車輛番号が用いられている(1501F~1509F)。増結編成は主に尼崎以東の近鉄乗入用に使用され、大阪難波側に1本または2本が連結される。ごくごく稀に2輛編成3本を繋げた通称"ブツ6"編成が本線の優等種別で運用されることもあるようだ。"ブツ4"で本線の各駅に運用したら面白そうだが、加減速度が普通車用のジェットカーのようには造られていないので、この実現は難しそうだ。増結対象は1000系だけでなく、同じく近鉄乗入対応車である9000系へも行われる。
 訪問時現在の運用は近鉄直通が主である。山陽電鉄直通運用にも僅かながら就いているらしいが、私はこの訪問時に見ることはなかった。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:18.01.11.】
 尼崎で撮影した9300系(9501F)。
 1998(平10)年2月から始まった山陽電鉄とのへの相互直通運転で、阪神側ではロングシート車である8000系・9000系を、乗り入れ相手の山陽電鉄はクロスシート車である5000系・5300系を使用した。しかし運転を開始すると、梅田ー山陽姫路 間の90km以上をロングシート車でサービスしている阪神車は山陽車に比べて格差があった。当初懸念されていた朝ラッシュ時の山陽車での運用について大きな問題が無いことが判ってきたこともあり、阪神ではクロスシート車の導入に踏み切ることにあった。クロスシート車を提供することは、速度で太刀打ちできないたいJR対策でもあったという。これまでクロスシート車を導入してこなかったのは、阪神初の19m車で2扉クロスシート車であった3011形(1954(昭29)年から製造)が当時の輸送力増大に対応できず、10年後に3561・3501形への改造により形式消滅してしまうというトラウマがあったから、という話もある。
 9300系は2001(平13)年から翌年にかけて6輛編成3本(編成番号は9501F~9505F・奇数のみ)を製造された。クロスシート車については中間車のみとされ、先頭車はロングシートとなっている。導入に当たっては、3000系の老朽廃車と引き換えとなっている。車体色については、これまでの優等種別車に使用されてきた赤胴車(上がクリーム色、下が赤)から大きく変化し、上部が「プレストオレンジ」と呼ばれる橙色、下部が「シルキーベージュ」と呼ばれる白色となった。この塗色が登場したときは、なんで巨人軍を連想させる色なんだ、とプロ野球の阪神ファンを怒らせるというということもあったようだが、だからといって以降に塗色の変更は行われていない(笑)。正面のスタイルは普通車の5500系にも似るが、窓の下部が中央に向かって下がった形状になってており、下部のテールライトの箇所に直角三角形の折れが入っているのが特徴的である。
 製造本数が少ない故か、訪問時現在も近鉄直通運用には対応しておらず、本線と山陽電鉄直通を中心とした運転に就いている。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:18.01.11.】
 尼崎で撮影した9000系(9205F)。
 1995(平7)年1月に発生した阪神・淡路大震災では優等種別系の車輛が102輛が被災した。できるだけ多くの車輛を復旧させる努力を試みたものの、最終的には優等種別系の車輛に使用される赤胴車だけでも33輛を廃車せざるを得かった。代替新製車輛は、復旧したものの余剰となってしまっていた8000系3輛と組み合わせるために同系3輛を増備する形で賄われたが、不足する6輛編成5本(30輛)分については新しい車形を投入することになった。それが震災翌年に登場した9000系になる(9201F~9209F・奇数のみ)。当時の阪神の赤胴車はクリームと赤のツートンの車体色であったが、当車はステンレス車輛ということもあり、腰部に赤と白、幕板上部に細い赤い帯を巻いた簡素なスタイルで登場した。
 2009(平21)年3月の阪神なんば線の延伸開業と近鉄線直通運転開始においてはその運用対象車となり、近鉄乗り入れ対応、1000系増結車への連結対応の改造の他、車体色も1000系のイメージに合わせて赤から「ヴィヴァーチェオレンジ」に変更になった。側面の帯色の位置は変更前後で変わっていないが、正面については窓下から上部のライト周りと左右の下部に色が入るようになった。また正面の左右面は濃いシルバーという名のブラックに変更された。
 訪問時現在の運用範囲は1000系と同様である。
 私はNゲージで登場時の赤帯車と、現行のオレンジ帯の双方を持っているが、赤帯車の方が何となく好きだなぁ。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:18.01.11.】
 西宮で撮影した8000系(8241F)。
 8000系は1984(昭59)年から1994(平6)年までに6輛編成20本が製造された。8000系は生産時期で大きく4タイプに分類され、それぞれに外観的違いを有している。しかし量産終了となる21編成目(8249F)の落成を目前に阪神淡路大震災(1995(平7)年1月)が発生、最終的に復旧できなかった15輛が廃車となった。廃車になった車輛の中には新製から4年に満たない車輛もあった。一部廃車が発生した6本の編成については、不足する3輛を追加生産して、新たに6輛編成4本に組み直している。訪問時現在は6輛編成19本(計114輛)が在籍しており、阪神の車輛の最大派閥になっている。
 登場当初は「赤胴車」と呼ばれる上半分をクリーム、下半分をバーミリオンで塗色されたツートーンカラーであった。2002(平14)年からは順次リニュアール工事が行われ、終了した編成から、当時すでに登場していた9300系と同じ、現在の写真のような上部が「プレストオレンジ」、下部が「シルキーベージュ」の白色の塗装となった。
 
【撮影日:17.10.14./掲載日:18.01.11.】
 鳴尾で撮影した5700系(5707F)。5707Fは、訪問時現在で5700系の中でも最も新しい編成(第4編成)になる。
 2015(平27)年に登場した阪神電鉄の中では最新の車形になる。翌年には阪神初のブルーリボン賞を受賞している。個人的には、デザインや機能面で画期的な鉄道車輛に授けるに値する車輛かどうかという点では合格点ではあると思うが、過去のブルーリボン賞受賞車に比べ話題性や"華"、期待感という部分には疑問があり、ローレル賞ということであったならば納得がいく感じだ。
 正面の色分けは全体的にブラックに塗られており、おでこの中央部分と頬のところに「カインドブルー」と呼ばれる摂津灘の海の色をイメージした明るい水色が使われている。これだけ黒い部分の面積が広いと重い感じがする場合もあるが、5700系の場合はなぜか意外に柔らかい表情にも見える。顔立ちは1000系に共通している部分が多い。側面は乗降扉の部分が円く「カインドブルー」の色が塗られている。最近の一般車輛はホームドアの設置との兼ね合いから縦方向に色を配する傾向が増えているが、ホームドアの設置が今のところ予定されていない阪神でこのような配色を導入するのは意外といえば意外だ。
 訪問時現在では4輛編成4本のみであるが、今後も増備が予定されている。この増備は5000・5131・5331形の淘汰と引き換えになっている。
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 魚崎で撮影した5500系新色(5503F)。
 5500系は8000系の量産が終了し、1995(平7)年以降から開始する旧来の普通車用のジェットカー(5151・5261・5311形)の置き換えのために計画された車形である。しかし置き換えが始まる直前に阪神淡路大震災が発生し、被災で廃車となった普通車用の4輛編成2本の代替のため急遽新造が開始されてたという、ちょっと変わった経緯を持つ。新造投入は2000(平12)年まで続き、最終的に4輛編成9本が揃えられ、旧来車を淘汰した。
 投入当初は下項の写真と同じアレグロブルーとシルキーグレーと呼ばれるツートーンカラーで登場したが、2017(平29)年からはリノベーションと称するリニュアールが行われ、リノベーションが終了した車輛から写真のような塗装に変更されている。一部のネットにこの色を5700系で使用している"カインドブルー"と紹介しているものが見られるが、正しくは「ラピスブルー」という名前で、見ても明らかに色相的に赤みであり、5700系の青とは異なる。また直接比較をしてはいないが、5001形などの青胴車で使われている青色"ウルトラマリンブルー"に比べても赤みが強い。そのために見る場所、時間によっては紫がかって見えることもある。ちなみに裾の色は「モダングレー」という名前が付いている。
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 西灘で撮影した5550系(5551F)。
 5500系の製造が終了してから10年後の2010(平22)年に、1編成だけ残存していた5131+5311形混成編成を代替するために4輛編成1本のみが製造された。5500系と製造時期が大きく離れていることもあって、5500系のマイナーチェンジ車として「5550系」の区分がされた。しかしその後増備か続くこと無く、5700系に切り替えられたことから、1系式1編成の存在となっている。とはいえ5500系と見た目が大きく変わるところが無いので5500系に埋もれている存在になっている。5500系との外観の一番大きな違いは、パンタグラフがシングルアームであるところである。ちなみに乗降扉は5000系より100mm短い1300mmとなっている。5000系との製造時期が離れているため、今のところリノベーションの対象とはなっていないそうだ。
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 東鳴尾で撮影した(狭義での)赤胴車(7866F)。
 車形としては7861・7961形を名乗っているが、4輛編成を組んでいた7801・7901形(1963(昭38)年製造開始・2008(平20)年7月全廃)の2輛編成版といったグループである。7861・7961形は1966年から2輛編成8本が製造された。現在は武庫川線用に2輛編成3本(7864F・7866F・7868F)のみが残っている。
 このほかに武庫川線専用車として7890・7990形の2輛編成1本(7880F/1974(昭49)年に3900形として新製、1986(昭61)年改造)があるが、私はこの訪問時で見ることができなかった。7861・7961形と7890・7990形の見た目の一番大きな違いは、前者は正面が平妻で乗降扉が片扉、後者が3面折妻で両扉という点である。また両車形とも連結器は旧来の阪神で使用され続けられていたバンドン形のままで残されている。
 武庫川線専用の4本の電車は、武庫川線で2日間働き、他の日は尼崎の車庫で検査を受けているか休んでいるという運用がされている。現在のところ、同車形の車輛の置き換えの話は出てきていないようだ。このままだと青胴車の5001・5131形の方が先行して淘汰されるようなので、同形がいわゆる"阪神顔"を持つ最期の車形ということになる可能性が高そうだ。(正確な正調"阪神顔"は7890・7990形のような3面折妻)
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 香櫨園で撮影した(狭義での)青胴車の5001形(5021F)。
 私が訪問した頃の青胴車の動向は、5331形が訪問年の3月に淘汰されたばかりで、5131形も残り2編成という状態(訪問直後に1編成が廃車となり、掲載時には残りが1編成という状態)、あとは5001形のみという状態であった。
 青胴車の最期の車形となる5001形(2代目)については4輛編成8本が在籍している。1977(昭52)年から1981(昭56)年の間に全車輛にあたる2輛編成16本が誕生したが、後に4輛固定化のために半数の車輛(車番を4で割ったときに余りが2または3になる車輛が対象)が中間車化改造されることになり、現在の姿になった。幸いなことに阪神淡路大震災での被災廃車は発生しなかったが、現在進められている5131形の淘汰が終了すれば、5700系の増備とともに5001形の淘汰が始まるものと思われる。
 ただ上項の赤胴車よりも車齢は若いし、もともと2輛編成として誕生した経緯もあるので、先頭車同士を組み合わせて次代の武庫川線専用車として残ったりして…(笑)。
 
【撮影日:17.10.13./掲載日:18.01.11.】
 尼崎駅のホームから撮った、尼崎車庫に留置されている事業用車の202形の202。その後ろには201形の201が停まっている。車形と車番で判るように1形式1車輛である。
 正確には両車輛は「電動制御無蓋貨車」という分類になるそうだ。201・202形は1986(昭61)年に先代に変わって新製された。登場時は赤茶色一色の塗装であったが、現在は青胴車と同じウルトラマリン一色塗りとなっている。車長は他の旅客車輛(18m級)より短い17m級で、運転台部分以外荷物などが積載できるようにフラットになっている。両運転台車ではあるが、パンタグラフが載る片側は全面運転台となっているが、その反対側は3分の1位しか部屋幅が無く、電話ボックスが向かって右に載っているような感じだ。201は梅田側、202は元町側にパンタグラフが載る全面運転台になっている。通常は2輛1組でボックス形の運転台が向かい合うように連結して運用されているそうだが、ボックス型運転台が前面に出て運転されることもあるとのこと。
 阪神ではこのほかに制御救援車の110形110がある。車体色は同じく青胴車のウルトラマリン一色に塗られているが、運転台窓下に赤胴車の赤い帯が入る。国鉄風にいうと"クエ"に相当し、自走は不可であるため一般車と連結して使用されるが、連結器は旧来の阪神で使用され続けられていたバンドン形であることと制御機器の関係で、武庫川線専用車以外に連結できる相手がいない状況だそうだ。
 
 

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