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山形鉄道 フラワー長井線
赤湯 【次の掲載駅】 梨郷  
宮 内 Miyauchi
 ◆2010年9月訪問時
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 
 
 
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 1967(昭42)年の3町村が合併して南陽市が成立する以前、当駅は宮内町の玄関口であった。当時の(東置賜郡)宮内町は合併相手の赤湯町よりも人口が多かったようで、町の玄関口として駅舎もそれなりに大きい造りとなっている。フラワー長井線には宮内駅と赤湯駅の間に南陽市役所駅があることでも解るが、市役所は宮内と赤湯の中間にある。これは人口の多い宮内町と幹線の駅がある赤湯町が役所の所在地を綱引きした結果なのかもしれない。
 山形鉄道移管時(1989(昭63)年)は有人駅であった当駅だが、1998(平10)年からは無人駅になってしまった。しかしそれから12年後、私が訪問する前月の2010(平22)年8月に有人駅化されるとともに、掲載日現在では名物となったウサギ駅長が同時に誕生した。
 こうやって駅舎の様子を見てみると、数ヶ月前までは無人駅だったことが不思議に思えるくらい、状態は良好に見える。
 
 
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 駅の窓口周りの様子。ほぼ一面ガラス張りとなっている駅事務室との仕切りが特徴的だ。しかしここまで待合室を兼ねているような場所と駅事務室が丸見えになっているという駅は、他であまり見た記憶が無い。
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 宮内駅といえばウサギ駅長とウサギ駅員。このほかに亀のかめ吉助役が非常勤の駅員として働いていた。
 元々は山形鉄道社員の駅の動物園化の構想から始まっており、そこから同線の白兎駅でウサギを飼う計画が生まれた。しかし白兎駅は無人駅ということで断念、その変わりの飼育場所となったのが当駅で、駅近くにある熊野大社の本殿の裏側にある隠し彫りされたウサギを3羽見つけると幸せになれるという言い伝えがきっかけになったという。そして2010(平22)年に生まれて数ヶ月のウサギ三羽が宮内駅にやってきた。ちなみにウサギたちが生まれた置賜農業高校はフラワー長井線の沿線にはなく、米坂線の羽前小松駅が最寄り駅になる。
 残念ながら「てん」は2016(平28)年の年末に、「ピーター」もその後に半年も経たずに天国へ召され、熊野大社で二羽の慰霊祭が営まれたという。その後、いなくなった二羽の後任は置いていないとのこと。ちなみにウサギで7歳というのは人間でいうと60代後半から70代前半になるそう。ということは、「もっちぃ」もかなりのご高齢ということになるが、掲載日現在も駅で駅長をしているとのこと。
 掲載日現在、山形鉄道のホームページにはキャラクター紹介のページに、ウサギ&カメ駅員、鮎貝りんごという鉄道むすめの紹介が載っているが、もうひとつ「未定」という欄がある。近く新キャラクターの紹介でもあるのだろうか…。
 
 
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 駅長就任2ヶ月目のもっちぃ駅長。この頃はたまに駅から脱走することもあったようだ。でもそれは人間の駅員から見た立場でのこと。もっちぃ駅長からしてみれば、山形鉄道のアピールのために町に繰り出していたのかもしれない(笑)。
 
 
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 ホームから駅舎側を見ると、駅事務室の入口には大量の葉っぱと、ケージが干されていた。駅長たちの世話(?)も大変なようだ。
 
 
【撮影日:10.09.18./掲載日:17.09.03.】
 この日は土曜日で授業は休みだが、部活などで登校していていた高校生が昼過ぎの列車で帰路につく。

 ◆写真の列車情報◆ (写真の車輛:荒砥側)YR-883+YR-887 1339発 213D 赤湯→荒砥
 
   
 

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