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富山地方鉄道 本線(鉄道線)
栃屋 【次の掲載駅】 音沢
下 立 Oritate
 ●2018年10月 訪問時
【入手日:18.10.06./掲載日:20.02.10.】
 
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.02.10.】
 当駅は1922(大11)年11月に黒部鉄道が最初に開業した区間の終点として開業した。翌年には桃原(現・宇奈月温泉)まで開業しているので、終端駅としても仮のものであったのだろう。仮でも終端駅になった理由としては、当駅と愛本駅の間にトンネルが介在していることが影響したのだろう。Google Mapを航空写真のほうで見ると判るのだが、そのトンネルのある付近は自然に造られた堰堤のような地形で、黒部川が山と山の間を一点突破するかのように川が流れ出しており、僅かな距離ではあるが両岸に平地が全くない場所である。一方でその川下となる下立側は黒部川が造りだした扇状地の扇頂という場所である。そこにはかつて木造の刎橋だったという愛本橋が架かっている。
 写真で見ても判るように当駅は右から左へ下がる斜面を横切るように設けられており、線路の伸びる先は山の麓となっている。
 
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.02.10.】
 当駅には駅舎は無く、待合室がホーム上に建っているのみである。ホームの幅も狭めである。よく見るとホームの高さは後から積み増しされているのが判る。
 歴史的に、当駅は1944(昭19)年5月から1951(昭26)年8月の間に営業を休止している。富山地鉄では戦時休止したような駅は他に立山線の稚子塚くらいしかないが、休止にした理由が今ひとつはっきりしない。国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで終戦後の下立駅と0.7km離れた下立口駅の周辺の様子を見ると周辺の住宅の多さにそれほど差が無いことが判るが、当時の下立口は列車交換設備があったことが、二者択一となったときに下立駅の方が不利に働いたのではないかと考える。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.02.10.】
 待合室の内部の様子。室内には建屋と同じ長さだけのベンチが用意されていて、その上に座布団がきっちりと敷き詰められている。天井を見ると屋根の梁に縦方向だけでなく水平方向にも補強材が入れられている。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.02.10.】
 電車が到着するところだが、ホームに立てられている幟が風にはためいており、ホームで待っている人にはもちろん、運転士さん側からも視野を遮っているんじゃないかと、安全に対して心配になってしまった。

 ◆写真の列車情報◆ 14760形 #4 モハ14767(+モハ14768) 1428発 237[普通]電鉄黒部→宇奈月温泉
 
 

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