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富山地方鉄道 本線(鉄道線)
電鉄石田 【次の掲載駅】 東三日市
電鉄黒部 Dentetsu-Kurobe
 ●2018年10月 訪問時
【購入日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 
【購入日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 この1日フリーきっぷは、地鉄本線訪問2日目に使用した。この日の1本目の乗車区間となった電鉄富山→電鉄黒部は普通通りにきっぷを買って乗車し、わざわざ当駅でこの切符を購入した。この日は朝からぐずついた天気で、経田駅訪問時に普通に雨降られ、その前後は小雨が降ったり止んだりしたが、西魚津下車以降はなんとか降られずに済んだ。このフリーパスでは追加料金無しに有料である[特急]に乗車することが可能なので、この日の旅程には[特急]の利用を組み込んでいる。

 【18.10.07.(日祝)の旅程】 電鉄富山728[115]832電鉄黒部856[126]859電鉄石田913[119]926長屋948[128]951東三日市1003[121]1005萩生1026[130]1035経田1051[125]1110栃屋1135[134]1201西魚津1224[131]1228新魚津1303[138]1305電鉄魚津
1331[UN6 特急うなづき6]1341中滑川1419[139]1427越中中村1456[142]1459浜加積1508[141]1510早月加積1553[142]1607新宮川1631[145]1638西加積1708[150]1749電鉄富山 ※種別表記無しは[普通]
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 なぜか隣駅の標示が単に「いしだ」になっており、"でんてつ"の文字がなぜか入っていない。
 当駅は開業した1922(大11)年11月には「西三日市」を名乗っていた。ということは、開業当時の黒部鉄道は起点側から三日市・東三日市・西三日市・…と並んでいたことになるので、結構順番的に紛らわしかったことになる。とはいえ、国鉄の三日市駅(現・あい鉄黒部駅)は街の中心から外れた場所に造られた駅であり、東三日市・西三日市の両駅の方が街の中心に近かったので、まあこんな命名になったのも理解できない話ではない。その後1951(昭26)年6月に「電鉄桜井」に改名されるが、その後当時の自治体である桜井町が1954(昭29)年4月に生地町と合併して黒部市が発足したため、駅名と自治体名が揃っていた期間は3年にも満たなかった。国鉄黒部駅に乗り入れていた黒部支線の廃止(1969(昭44)年8月)以降であれば"黒部"がつく駅名への改称も可能だったように思うが、「電鉄黒部」への改称は1989(平1)年4月とかなり長い時間を待つことになった。
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 駅舎の入口は、高い屋根とそれを支える4本の柱が特徴的だ。オレンジ色の屋根は2015(平27)~2017(平29)年の間のどこかの時点で吹き替えが行われたようで、明るく綺麗だ。大きな入口の左側は富山地鉄バスの黒部自動車営業所が入居する。
 駅前広場はかつてはバスターミナルとして多くのバスが発着していたというが、現在は6つの運転系統が残り、うち4系統が富山地鉄バスが担当している。ただ6系統のうち毎日運転しているのは黒部駅-電鉄黒部駅-黒部宇奈月温泉駅を運転している系統のみで、他1系統は休日のみ予約制、残りは休日運休ということになっている。市とバス会社とタクシー会社がなんとか協力して路線を残しているような状況で、なかなか厳しい環境にあるようだ。
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 当駅は終日営業を行う駅だ。改札の周りは拠点駅としての雰囲気を構えている。
 かつては改札口の上部に時刻表を掲示していたようだが、訪問時は犬の顔、もしくはバスの絵が描いた円いシールが貼られていた。バスの方には「きっぷの販売は平日のみです」と書かれている。鉄道の切符は休日も売られているので、電鉄黒部発着のバスのきっぷは平日しか売らないという意味なのだろうか、説明不足で意図もよく判らない。もしこの理解が正しいとした場合だが、バスは駅前から休日も運転されている系統はあるので、なぜ休日は売らないのかも意味不明だ。それよりもこの紛らわしいものを鉄道駅の改札内に表示するものなのか、非常に疑問である。
 
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 ホーム側から駅舎を見たところ。厚みのない切妻屋根が壁に2枚張り付いたように造られているのが不思議だ。2段階に屋根を造らずとも、1段階で造れば構造を複雑にせずに済むだろうにと思うし、仮に増築でこうなったという事だとしても不可解だ。
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 構内は3面3線という変わった配線になっている。屋根を掛けた場所が構内踏切からは車輛1輛分以上離れている。電車は構内踏切側に寄せて停車するので、屋根が有用に使用されていない感じになってしまっているのが惜しい。
 当駅もホームの付番が解りづらい駅となっているが、"電鉄富山ゆきは1番線の原則"を考えれば少しは理由がわかってくる。当駅の場合、中線を電鉄富山ゆきの発着のメインにしており、真ん中のホームが1番線となっている。宇奈月温泉方面は手前のホームより発着するので2番線となる。写真の列車が停車している所は折り返し列車などのサブ的な使い方をしているようで3番線を名乗っている。ただし、駅舎から一番離れたホームは現在使用されていないようで、3番線の乗降は1番線の反対側が使用されている。このように利用方法はある程度決まっているホームだが、いずれの線からも上下両方向に出発信号が設けられており、どの線こからでも上市方面、宇奈月温泉方面への発車は可能なようだ。

 ◆写真の列車情報◆ 10030形 #6 モハ10041(+モハ10042) 907発 215[普通]電鉄黒部→宇奈月温泉
(※ 「#6」は「第6編成」の意味。富山地方鉄道のページは他も同様に表記)
 
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 上市側にある踏切から構内を見る。構内配線も変わっているが、それ以上に変わっているのは、その3つのホームをまるで鉄道車輛工場のような大きな屋根で覆われているところだ。ホームひとつひとつに屋根を掛ける手間を考えれば合理的と言えなくもないが、その代わりに構造物は重厚になってしまっている。ちょっとやそっとで移設や改造するのも難しそうだ。
 駅の宇奈月温泉側には、かつては車庫として使用されていたであろう留置線があり、[エリア特急 くろべ]を含め、当駅始発・終着列車が多く設定されている。
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 2番ホームに停車中の宇奈月温泉ゆき。かつては当駅には国鉄の黒部駅に繋がる黒部支線が分岐しており、この2番線から上市側の延長線上に線路があった。現在でも当駅から上市側へ600m程進んだところまでの架線柱は、現役の本線と廃止になった支線の複線の幅のままになっている。この支線は黒部鉄道が最初に開通させた歴史的に重要な路線であった。黒部支線の廃止は1969(昭44)年8月。

 ◆写真の列車情報◆ 14760形 #2 モハ14764(+モハ14763) 832着/837発 115[普通]電鉄富山→宇奈月温泉
 
【撮影日:18.10.07./掲載日:20.03.20.】
 当駅始発の宇奈月温泉行きが停車するホームの反対側に電鉄富山ゆきが入線する。ホームの両側に列車が入線すると、当駅の場合は少々狭く感じてしまう。

 ◆写真の列車情報◆ [左]10030形 第6編成 モハ10041(+モハ10042) 907発 215[普通]電鉄黒部→宇奈月温泉
              [右]10030形 第7編成 モハ10044(+モハ10043) 855着/856発 126[普通]宇奈月温泉→電鉄富山
 
 

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