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東急電鉄 大井町線・池上線
荏原中延 【次の掲載駅】 長原  
旗の台 Hatanodai
 ◆2017年8月訪問時
【購入日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 池上線の駅としては1927(昭2)年の旗ヶ岡駅開設から歴史が始まる当駅だが、当時は大井町線が目黒蒲田電鉄、池上線は池上電気鉄道と別会社で接続駅でもなかった。両社が合併し東急となっていた1951(昭26)年に両線の駅(大井町線の対象駅は東洗足駅)が移転し接続するようになって、駅名も旗の台になった。ただ両線の駅移転は同時に行われたわけではなく、大井町線の方が2ヶ月ほど先行した。ちなみに当時の旗の台駅付近は、周囲が宅地化が進んでいた割に、駅の土地となった場所は田圃か畑で取り残されていた箇所であったことが国土地理院の写真アーカイブからわかる。
 もともとこの地域の地名は池上線の旧駅名である旗ヶ岡であった。現在の駅名は東急が新たに命名した固有名詞で、住所表記のほうが後から追随した形になっている。
 ちなみにこの時の訪問時は池上線側のみを見て歩いており、大井町線側には足を踏み入れていない。
 
【撮影日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 旗の台には「昭和大学前」という副駅名がつく。この程度の長さなら副駅名も意味があるだろう。
 しかし最近、バスの停留所案内の自動放送で流れる広告のような無駄に長い副駅名がつくケースがあるが、ネーミングライツでいくらかお金を出してもらっている場合もあるとはいえ、もっと効果的で短い名前にならないのだろうかと思う。
 
【撮影日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 池上線上り線側ホームの駅舎は、屋上のドームのような半分の楕円形が特徴。
 
【撮影日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 池上線下りホーム側の駅舎だが、駅名標示の目の前に「旗の台三丁目商店街」の街灯の柱(電柱ではない)が立てられていて邪魔だ。他にも、道路との出口部分にある階段の前の柵の取り付け方が柱のことを考慮していない配置になっているという、不自然な点もある。普通に考えると柱の方が後に立ったのだろうと思うところだが、…もしかしたら今の駅舎に建て替えだかリニュアールするときに、柱のことまで考えずに設計してそのまま造ってしまったのではないかとも考えられなくもない。さて駅の出入口と柱の位置がこのようになってしまった事の経過の真相はいかに…?
 他にも、この駅舎、門柱形の架線柱の下に建っているというのも珍しい気がする。
 
【撮影日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 駅の東側にある踏切から池上線側の駅の構内を見る。この写真では判りにくいが、手前側に複線の線路両サイドに線路と同じ高さのフラットな部分があり、かつて構内踏切があった様子がうかがえる。
 
 ◆写真の列車情報◆ 雪が谷7102F 1143発 006111[普通]五反田→蒲田
 
【撮影日:17.08.17./掲載日:17.09.26.】
 上項を撮影したポイントと同じ踏切から、出発した1000系1500番台の上り列車を撮影。新鋭の7000系と比べれば、車齢は1500番台のほうが歳上になるが、帯色は池上線・東急玉川専用に転用する際に元の赤色から後輩が採用した二色の緑色に変更された。

 ◆写真の列車情報◆ 雪が谷1004F 1146発 027112[普通]蒲田→五反田
 
   
 

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