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JR東日本 常磐線
浜吉田 【次の掲載駅】 岩沼
亘 理 Watari
 ●2014年7月訪問時
【購入日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 下りホームの駅名標。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 当駅の駅舎は蔵造り風というのだろうか、それとも城作り風というのだろうか…? 写真後ろに見える天守は駅の施設ではなく、亘理町の郷土資料館と図書館の施設となっている。いずれにせよ、白い壁と濃い灰色の屋根瓦でコントラストを強くし、インパクトを出している。ただ駅前ロータリのアスファルトの色が屋根瓦と同色系であるため、存在感が若干薄まっている感じがしないでもない。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 改札口の様子。自動改札の上部には上下方向それぞれにLEDの列車案内板が設置されているが、上り方向については浜吉田ゆきがあるにもかかわらず、方面表示が消されていた。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 仮設ホームの岩沼側の端より岩沼方向を見る。中線から本線に進出する際の速度が35km/hに抑えられているのはちょっと意外かなぁ。まあ震災以前の中線は貨物列車の停車に使われていたと思われるので、これでも充分なのだろうが。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 当駅の構内は2面2線のの間にホームのない中線がを置く配線となっていたが、当時は駅本屋側の1番線ホームを拡幅する形で下り本線上に仮設ホームが設置されていた。これは、震災後の再開通時に、南端駅となる亘理折返の列車に対応させるために、信号回路の構成上、当駅で上下方向ともに発車可能な中線にホームが作られた、ということになるのだろう。そして訪問時は浜吉田まで開通区間が延長されていたが、上下列車ともこの仮設ホームの発着を基本としていた。ただ列車の交換がある場合は、下り列車が中線、上りの浜吉田ゆきは本来どおりに跨線橋を渡った2番線から発車していた。
 後に知ることになるのだが、719系0番台は震災以前は常磐線で定期運用されたことがなかったそうだ。

 ◆写真の列車情報◆ 719系0番台 H-22+H-21編成 (写真先頭はクモハ719-22) 247M 発[普通]浜吉田→仙台。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 常磐線代行バスのバス停は、駅前ロータリーの亘理町町民乗合自動車のバス停と同じ場所に設置されていた。代行バスの案内を行うために「亘理駅バスセンター」が設置されており、当時休業していた常磐線の駅の職員が業務に当たっていたという。
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 駅で出発を待つ代行バス。当時、上下29本(うち下り2本は山下→亘理、それ以外は相馬ー亘理)の代行バスが設定されており、うち下り6本・上り7本が[快速]だった(途中は新地のみ停車、但し下り1本(後に2本追加)は山下にも停車)。[快速]は下りの一部を除き、始発駅を[普通]と同時刻に発車する設定になっていた。写真はその[快速][普通]の同時発車の便が発車を待っているところだが、この写真では後ろのバスの存在感が全く無いのが残念(苦笑)。

 ◆写真の列車情報◆ 代行バス(JRバス東北) 524便 1425発[快速]亘理→相馬、その後ろに 代行バス(JRバス東北) 526便 1425発[普通]亘理→相馬)
 
 
【撮影日:14.07.25./掲載日:21.07.17.】
 代行バスはJRバスの他に、伊達政宗の騎馬像と、伊達家の家紋にも使われている竹・雀がデザインされた仙台バスの車輛も使用された。仙台バスは貸切バスを主体とし、一部で路線バスも運転している会社である。代行バスに仙台バスの車輛が使用されているのは、JRバスだけでは台数を賄えないという事情があったと容易に推察される。ただその仙台バスは震災の際に津波で所有していたバスの約半数(十数台)を失うという経験をしている。

 ◆写真の列車情報◆ 代行バス(仙台バス) 528便 1510発[普通]亘理→相馬)

 
 
 

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