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土佐くろしお鉄道 宿毛線
Tosa Kuroshio Tetsudo / Sukumo Line

駅リンク先
中村 宿毛

※中村-宿毛 間について、線籍上の下りは中村方向ですが、営業上は逆の宿毛方向になります。

 ■02.10.01. 宿毛線開業5周年 「御利益」記念入場券
【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
 宿毛線の開業は1997(平9)年10月。訪問時はちょうど開業から5年を過ぎたところであった。
 この記念入場券は中村駅で写真撮影を勤しんでいるときに、駅員の方に声をかけられて購入した。窓口などで中がどういうモノか確認していなかった上に、帰宅時まで開封もしなかった。
 5周年記念ということから、デザインは宿毛線の駅とか宿毛線を走る車輛とかの写真がデザインかと思いきや、中身は沿線の神社の写真。…タイトルに「御利益」と言葉が入っている理由を改めて理解した次第だ。
 こういう沿線を紹介するような記念乗車券や記念入場券というのは珍しいものではない。ただ鉄道開業記念などを謳った切符でこのデザインとは、期待を裏切られた気がしないでもない。全枚数ではなくても、鉄道関連のデザインが欲しいところだ。購入した日はおそらく発売開始から5日が経過していると思われるが、切符の通し番号が「00006」というのは、あまりに売れていないのではないかと疑ってしまう。このような企画内容の切符なら、もうちょっと内容を吟味した方が売れたのではないだろうか。
 入場券の裏側には各神社の説明が書かれているのだが、全体的に日本語がおかしく、意味が通じない部分があったりする。推敲か校閲が行えないほど発売までの時間が迫っていたのだろうか…。
 まあ今となっては、この記念入場券を買ったこともいい思い出である。それにしても、中村駅で購入した割には、発売駅の扱いは宿毛駅となっていた。
 
画像はクリックすると拡大表示します。

 
【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
 入場券の裏面の説明は以下の通り。日本語がおかしいところも原文そのままに転記する。以下5枚の画像はクリックすると拡大表示します
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 海上安全の小筑紫天満宮
 平安時代延喜元年(901年)正月、菅原道真公は右大臣から筑紫国(九州)の太宰権師に左遷される事になり、九州の船旅の途中嵐に遭い、土佐の小さな入り江に流れ着いた。
 命拾いをした道真公が「この地が筑紫の国か」と問われた事から小筑紫という地名が出来たと言われております。
 
【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
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 栄え喜ぶ、栄喜の八坂神社
 その昔、疫病がはやった時、京都より八坂神社をお迎えしてお祈りをしたところ、たちまち疫病は治まり、榊の浦と書いた地名を栄え喜ぶ栄喜になったと言われております。
 

【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
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 福に良し、福良の福良神社
 福良は今を去ること900年昔、応徳二年(1085年)古文書に福良の専当と記されている小字5社にあった神社を明治3年、福良神社と改称した。
 

【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
 「称」の字を「稱」とわざわざ旧字を使っているのはなぜ?
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 海難事故防止 大海の海津見神社・八坂神社
 寛文5年(1655年)外の浦より分産、観請し、当時、八大龍王合祭社は祇(原文は示偏が「ネ」)園牛頭天王と稱し奉り、大海地区の産土神として、尊崇を集めておりました。
 弘化三年(1848年)歳十一月には社殿が建設され、くだって明治元年辰三月、改稱の達しにより海津見神社合際社八坂神社と改稱し、現在に至っております。
 

【購入日:02.10.05./掲載日:17.01.28.】
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 文殊の神様 二ノ宮神社
 和田のお宮を一の宮といい、ここの八幡さんを二ノ宮というのが地名の始まりです。
 戦国時代の城は二ノ宮城、今も文殊堂のある場所は二ノ宮城の跡です。
 二ノ宮城跡にある文殊堂は、お参りすると頭がよくなるといわれて多くの参詣者でにぎわっております。
 
 

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