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東海旅客鉄道 飯田線
豊橋 【次の掲載駅】 下地
船 町 Funamachi
 ●2013.10.訪問時
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 ホーム幅が狭く、引きでの写真が撮れなかったので、駅名標はアップでの撮影。
 
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 こんな待合室みたいな感じの駅舎だが、時刻表や運賃表が掲示され、Toicaのリーダーも設置されいる。床の点字ブロックの貼り方からすると、向かって左側が通常の出入りに使われているとみられるが、屋根のひさしは右側によっている。雨に日にひさし下で待っていても通路をふさがないように考えたのだろう…ということにしておこう。この幅の狭いひさしを見て、リーゼントの髪型を思い出してしまった。駅舎のすぐ左側を通る線路の高さは、駅舎の屋根の位置よりも低くなっている。
 こんな小さな駅だが、かつては有人駅だったらしい。
 
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 上の写真でも判るように、駅舎のやけに近い位置に踏切がある。その理由はすぐそばに線路があるからだが、残念ながらこの線路は長い間使われていない。この線路は、右方向へは下項で説明する豊橋オフレールステーションへと繫がっている。しかしながら豊橋駅側に繫がる左方向は、すでに本線部分から切り離されている。
 
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 船町駅の北側にある豊橋オフレールステーション。かつては貨車が発着していたが、1998(平10)年に貨車による貨物の取り扱いが中止され、西浜松駅発着のトラック便による輸送に切り替わっている。
 歴史的に、こちらの貨物駅は1900(明33)年の開設で、旅客駅は1927(昭2)年の開設と後れている。そのため貨物駅の方が"船町"駅を名乗り、後発の旅客駅は"新船町"駅と名乗っていた。それが国鉄買収時(1943(昭18)年)に、旅客駅は現在の"船町"駅を名乗るようになった一方、貨物駅は豊橋駅の施設として取り込まれた(取扱上は駅廃止)。
 豊橋オフレールステーションの風景だが、線路が残され、細長い土地にコンテナが積まれている様子は、他のコンテナ貨物駅と変わるところが無い。足りないのは貨車の姿だけである。駅の入り口には日本通運の看板は立つが、"豊橋オフレールステーション"と名前が書かれた物は見つけることができなかった。
 
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 船町駅は、ホームと駅舎の間に通路が介在する。しかしもその通路は、写真のように複線の線路の間に設けられており、幅は人とすれ違うにもぶつかりそうなくらい狭い。列車は意図的にスピードを落として走行しているようだが、通路歩行時に列車がやってくると怖さを感じなくもない。
 でもこの通路の狭さと線路の近さは、逆に"鉄"としての好奇心も駆り立ててくれる(でも無謀なことをしてはいけません)。そこで通路を歩いているとに、たまたま列車がすれ違う場面に遭遇したところを写真に収めた(笑)。写真は名鉄の2200系[特急]豊橋ゆき(右)と3500系[急行]岐阜ゆき(左)。

 ◆写真の列車情報◆ [左]犬山区 3500系 3515F(4輛編成・写真は〔ク〕3515) 1456頃通過 (列車番号不明)[急行]豊橋→新岐阜
              [右]舞木区 2000系 2208F(写真は〔サ〕2258) 1456頃通過 (列車番号不明)[特急]?→豊橋
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 飯田線の列車も半数弱が当駅を通過し、停車する列車も豊橋-豊川 間の区間列車がほとんどである。市街地にある駅なので、列車が発着するたびに利用客の姿を見ることができるが、いずれの時も一桁ほどの利用者であった。
 ◆写真の列車情報◆ 海カキ 313系3000番台 R112編成 クハ312-3024(+クモハ313-3024) 1137発 432G[普通]豊川→豊橋
 
【撮影日:13.10.01./掲載日:16.08.25.】
 駅の南側には東海道本線の複線がある。実質的には3つの路線の列車を見ることができるので、趣味的にも見飽きない場所である。
 写真は東海道本線上り線を走行するEF210牽引のコンテナ列車。轟然と通過してゆく。

 ◆写真の列車情報◆ 岡山 EF210-6 (その他の列車情報は不明)
 
 

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