| 新潟交通 電車線 | |
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| 焼 鮒 | Yakifuna |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.07.19.】 写真は下りホームの駅名標。 現在この地は新潟市西区山田という住所になっているが、廃止時は西蒲原郡黒埼町大字山田という場所だった。さらに過去に遡っても"焼鮒"と名乗る住所表記はどうもなさそうである(但し焼鮒団地という住宅団地はある)。 ではこの"焼鮒”の名前が何に由来しているかというと、かつて越後に流刑されていた親鸞が残した伝説「越後七不思議」のひとつ「焼き鮒」からとのこと。話は以下のような内容。刑によって流されてきた親鸞が赦免され、当地を離れることになった際に山王神社で酒宴が催された。その肴に焼いた鮒が出されたのだが、親鸞はその鮒を経を唱えてから池に放つと鮒は生き返り、泳ぎだしたという。以来当地では、黒い焦げの模様をまとった鮒が捕れるようになったという。 この酒宴を催した山王神社は、現在では山田神社として現存している。その山田神社は新潟交通の平成唯一の開業駅となったお隣の駅、ときめき駅の近くにある。 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.07.19.】 焼鮒駅の駅舎。この場所は住宅街の路地を通ってきた先にあり、駅前の道路も細い路地に面していた。そのため写真も駅舎の全容を捉えることができなかった。駅舎はかなり年季の入った木造の古いもので、もしかしたら1933(昭8)年の開業時以来のものかもしれない。当時は平日の午前中だけ営業を行う簡易委託駅だったそうだが、訪問日は祝日だっため、駅員は無人だった。 余談だが、私がここに来る途中、後述の学校敷地に挟まれたところを抜ける路地を通ってきたのだが、これがたまたま最悪の選択で、ハンドルを切るのにも難儀するような舗装道だったことを覚えている(普通に通れる道もちゃんとありました)。 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.07.19.】 駅に到着する下り電車。 当駅は列車交換可能駅で、ホームは2面2線が用意されていた。そのほかに、使用されなくなっていた貨物側線が月潟側から分岐していた。写真左奥に見えるのは、上越新幹線の高架橋。 ◆写真の列車情報◆ モハ24 907発 109[普通]月潟→東関屋 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.07.19.】 上りホームから下りホーム(左側)を見る。下りホームにはブロック塀でできた待合室が建っていた。駅舎は上りホーム側にあり、下りホームは写真右奥に見える東関屋側にある構内踏切で繋がっていた。写真の構内の線路はやや曲がって見えるが、これは1964(昭39)年6月に発生した新潟地震による影響で、もともと構内はまっすぐな線路だったという。 写真の後ろにネットが見えているが、これは当駅の東関屋側にあった山田小学校の第2グランド。実はこの小学校、写真には写っていないが線路と何軒かの民家を挟んで写真右方向に校舎と小さな校庭があり、敷地が分断されていた。そのため当時は校舎と第2グランドをつなぐために線路下に地下道が造られていたそうだ。線路が廃止された後は、学校敷地に挟まれた線路部分と民家は校庭となり、今ではひとつの敷地となっている。 |