| 新潟交通 電車線 | |
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| 木 場 | Kiba |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.09.12.】 写真は上りホーム。上りホームは東関屋側にある構内踏切を渡った先にあり、ホーム上には瓦屋根の待合室が置かれていた。下りホームは駅舎側に併設されていた。 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.09.12.】 木場駅の駅舎はかなり大型で、横長な駅舎を1枚に収めることができなかった(本当にできなかったのかどうかは覚えていない)。それにしても駅舎入口には駅名の表示が見られなかった。当時の駅の営業は平日午前中のみだったようで、祝日だった訪問日は当然無人だった。 当駅の近くには県立黒埼高校(現・県立新潟翠江高校)があるため、朝には東関屋-木場 間の電車が1往復設定されていた(休日は運休)。 電車線廃止後は代替の新潟交通のバスが設定され、現在は「木場駅跡」というバス停が駅跡前に置かれている(鉄道廃止直後は今とは違うバス停名だった)。 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.09.12.】 写真を撮影したの場所は駅構内を貫く警報器のない踏切から。当駅は2面2線の列車交換可能駅であるほか、月潟側から分岐する貨物側線が備わっていた。写真とは反対側の貨物側線脇には壁に大きく「黒崎全村農業倉庫」と書かれた大きめの倉庫が建っており、かつては当駅から農作物が発送されていたのだろうと想像する。 |
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【撮影日:98.10.10./掲載日:26.09.12.】 当駅で上下列車が交換するところを撮影。木場駅に限らず、当線の列車交換可能な駅の交換列車の有効長は長く、単行どうしの電車の交換では構内を持て余しているように見えた。 鉄道線はかつては3輛編成の運転もあったようだが、末期の頃には単行の電車がほとんどで、平日の多客時などには2輛編成の運転がわずかに残っていたようだ。かつての貨物列車については、当線に電気機関車が無かったために、電車が1~4輛の2軸貨車を牽いて燕で国鉄との中継をしていた。 ◆写真の列車情報◆ (左)モハ12 936発 925[普通]白根→東関屋 (右)モハ19 936発 110[普通]東関屋→月潟 |