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黒部峡谷鉄道 本線
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宇奈月 Unazuki
 ●2018年10月 訪問時
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 日本電力の専用軌道として開設されたのは1927(昭2)年のことと、結構歴史が古い。旅客営業が始まるのは1953(昭28)年11月のこと。1971(昭46)年7月に関西電力から分社された黒部峡谷鉄道による運営が始まる。
 富山地鉄の宇奈月温泉駅に比べると、規模も大きく立派だ。駅前には観光バスが何台も停まれる広場となっている。駅を利用する多くの人はバス利用でここまで来るのだろう。この先の山深くは整備されていない羊腸の林道しかないため、そこに向かおうとすれば黒部峡谷のトロッコ列車を使うしかない。ある意味、高額な運賃でも旺盛な利用客が見込める秘訣かもしれない。でもエコの面から考えると、街からここに至る交通も、地鉄の路線を使って欲しいところだ。
 
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 改札口の横にある窓口は5箇所もある。地鉄駅は1つしかないのに。トロッコ列車は定員制なので、窓口上部には空席状況を知らせる標示板がある。
 
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 鉄道線としての営業時間は明るい時間帯のみだけで短いが、その間の列車の本数は1時間に片道2本程度が発着する。本数だけなら、宇奈月温泉駅を発着する富山地鉄の列車本数([特急]込み)と変わらないが、利用者数は圧倒的にこちらの方が多い。改札口にも行列ができ、駅舎内は活気があふれる。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 地鉄の宇奈月温泉駅のホームから黒部峡谷のホームを見る。トロッコの1輛の長さは短いものの、それが10輛以上も連なっているのが判る。これだけ長いと、1編成での乗車定員は明らかに地鉄の2輛編成の電車よりも多いことが容易に想像できる。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 上の写真とは反対方向を見ると車輛基地のヤードになっている。電気機関車や客車だけで無く、写真では見えていないが貨車なども留置されている。旅客列車の編成が長いこともあって、ヤードはとても広い。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 宇奈月駅から地鉄の宇奈月温泉駅へ向かう道の途中に、1輛の小型の電気機関車が保存されていた。
 碑文に描かれた絵と説明文でもわかるのだが、運転士は雨の日でも右側の天井のない部分に座って、集電ポールが架線から外れないように操作していたそうだ。そしたら左側の小部屋は何のためのものだろうか。速度は12km/hしか出ないとはいっても、速度はどのように調整していたのだろうか…などなど、疑問点が。
【撮影日:18.10.06./掲載日:20.05.24.】
 碑文には以下の通り文字が書かれていた。「この機関車は、黒部川電源開発の初期から半世紀にわたり、人員や資材の輸送に活躍しました。当時、天候の悪いときでも人が機関車の上に乗って、終電ポールを操作していました。日本に現存する数少ない米国ジェフリー社製機関車です。黒部専用鉄道は大正15年運転を開始し、昭和46年に現在の黒部峡谷鉄道になりました。」「機関車諸元 / 重量-10.0t / 定格速度-12km/h / 電気方式-直流600V / 製造年-大正15年3月」
 

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