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西日本旅客鉄道 山陰本線
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仙 崎  Senzaki
 ●2008年10月訪問時
【撮影日:08.10.11./掲載日:14.12.07.】
 仙崎駅の駅名標。駅名標は、この他に観光用のものがあった。後ろの壁のカモメの絵がかわいらしい。
【撮影日:08.10.11./掲載日:14.12.07.】
 仙崎の駅舎はレトロな感じで、なかなか渋めだ。駅舎内には、当地の出身である詩人の金子みすゞに関わる展示があったような気がした。ただ訪問時は列車の折り返しの合間に立ち寄るような旅程だったので、金子みすゞの展示も駅舎もゆっくり見ていられなかった。
【撮影日:08.10.11./掲載日:14.12.07.】
 仙崎は港町。
 かつては当駅から下関に向けて、早朝から行商の方を乗せた列車が出ていた。そう思って1978(S53).10.02.改正の時刻表を見てみると、4:17に美祢線経由厚狭行きの始発があり、隣の長門市で下関行きの客車普通列車に乗り継げば、下関には6:38に着くことができた。当時の仙崎駅には定期列車だけでも17本の列車の設定があり、かなり需要があったようだ。
 しかし訪問時の時刻といえば、たった6本と、鉄道を維持する限界の本数のになっていた。昔なら一番列車を利用すれば下関に着いた時間よりも遅く、今は始発列車が出発している。
 
【撮影日:08.10.11./掲載日:14.12.07.】
 仙崎は詩人の金子みすゞの出身地。写真の気動車は、その観光客を運ぶために作られた「みすゞ潮彩号」用のキハ47系。2輛編成のうち1輛が指定席扱いで、残り1輛は普通乗車券のみで乗車が可能な自由席である。「みすゞ潮彩号」は土休日運転の列車ではあるが、列車のダイヤは毎日運転で、平日は一般車両が使用されている。つまり自由席は地元の利用者のためにあると言っても良い。
 私は長門市-仙崎の往復に「みすゞ潮彩号」を利用した。しかし長門市に戻る列車には、バスツアーの中に組まれた「みすゞ潮彩号」を利用する乗客が、都合バス3台分(3台ともツアー会社は別々だった可能性が高い)の乗客が、自由席一輛に押し寄せかなりの混雑になった。おそらく日本海の車窓を見るためだけの列車利用なのだろう。
 個人的にではあるが、こういう列車の一部区間しか利用しないバスツアー組のことを「摘まみ食い」と呼んでいる。「摘まみ食い」は閑散としたローカル線には貴重な収入源となっているという側面があるのは認めるのだが、風光明媚ないいところの区間だけ乗車して他はバスで移動するっていうのは、旅としてどうなんだろうと思ってしまう。どうせ列車の前後の移動はバスなのであろうから、風光明媚な場所だけでなく、そこへの、またはその後のアクセスについても、是非列車を利用していただきたいと思うのである。
 
 

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