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新潟交通 電車線
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月 潟 Tsukigata
 
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 ローマ字表記は訓令式です。
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 当駅の駅舎は、駅構内の軌道面と高さを合わせるためか、丸々一階分もある基礎の上に建てられている。よって外見は2階建てに見える。また駅舎の階段を降りたところの道路も、駅そばの商店街がある場所よりも一段高い盛り土の上にあるので、この周辺では駅はちょっとした高所にある。
 月潟駅は鉄道廃止後も保存されており、駅舎は掲載日現在は外壁が板張りに改装されているものの現存している。場所については○○公園のような名称は与えられておらず、単に"旧・月潟駅"と呼ばれているようだ。
 
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 構内の線路は堤防にくっつけるように盛り土をされた築堤の上に造られているが、かといって軌道敷きは堤防上端の高さより一段低く造られていた。駅構内自体はホーム2面2線の列車交換が可能な造りとなっていたが、燕ー月潟 間が廃止になったときに中ノ口川側の上りホームの使用が停止されて線路が剥がされており、訪問当時は駅舎側の下りホームだけが使われている棒線駅となっていた。
 
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 ホームから燕方向を見る。訪問当時は既に月潟ー燕 間は廃止されていたため線路は途切れていたが、ホームの端から線路終端部まではやや距離があったことが判る。その途中には撤去されて横長な枕木が残る分岐器跡があるのがはっきりと判る。線路の終端側の長さを余裕を持って断ち切ったのは、月潟駅での電車の夜間滞泊はおそらく設定されていなかったことや(夜間滞泊は白根駅では行われていた)、白根ー月潟 間は1閉塞区間であったことを考えると、列車のオーバーランなどをした時の非常用に備えたモノだと考えられる。であるなら、分岐器をストレートの線路に交換しなくても、分岐器をしっかり固定化するだけでも良かったのではないかとも思ってしまう。
 
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 ここ月潟まで来るのに乗ってきたモハ12を到着直後に撮影。この時点で、既に白根側の出発信号は青を現示していた。

 ◆写真の列車情報◆ モハ12 701着 102 東関屋→月潟<折返>710発 103 月潟→東関屋
 
【撮影日:98.10.10./掲載日:26.08.28.】
 上の写真と同じくモハ12を、廃ホームとなっていた上りホーム側より撮影。
 この写真を撮っている最中、この電車の運転士さんに話しかけられてきたことは覚えている。話の全容は覚えていないが、古い電車でしょ?みたいな質問を投げかけられた。そのとき私はなんと返答していたか覚えていないが、そんなことはなくいですよ、くらいの返事をしたのではないかと思う。
 今こうして見ても、古い電車ではあるが、なかなか愛嬌のあるカボチャ電車だと思う。
 
   
  

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